制作日誌
February 21, 2012
ベーシストの一朗君にヘフナーを弾いてもらった。
異質なものが混ざり合った時に産まれる違和感の追求が楽しい。
ヘフナーの音色はボクサーのパンチのようなもので、
アタリが軽くて入りが深い。
気がつけば2月も後半。来月で震災から1年。
ひとりアトリエで制作に集中している心の状態は、無我無心になれて
祈りに似ている。
制作を通して学ぶことがとても多い。
フルアルバム完成まで、まだもう少し時間が掛かりそうだけど
音楽は受け取った人の心の中で完成するものなので、
早くリスナーの皆さんへ届けたい。
いつも最新作が最高傑作!
今日はそんなことを叫びたくなるような曲が産まれて来てくれて嬉しい。

such a night
February 14, 2012
昨夜は敬愛なるドクター・ジョンと2度目の再会。
DR. JOHN & THE LOWER 911というバンド編成で15日まで来日中とのことで
ビルボード東京にて初日のステージを観戦させていただく。
ネイティヴ・アメリカンを象徴するような美しい羽のついた杖をつきながら静かに登場。
グランドピアノとハモンドB-3の上に客席を向いたスカルがそれぞれひとつずつ設置され
彼独自のヴードゥーステージ。
代表作『ガンボ』からお馴染みの歴史的な楽曲を織りまぜながら新曲も聴くことができ、
脇を固める強烈な腕前のミュージシャンも含め、説得力のある素晴らしいステージだった。
ポール・ウェラーにカヴァーされた名曲やレッチリのアンソニーとの共演曲なんかも
いつか生で聴いてみたい。
ドクター・ジョンは、まだ本名のマック・レベナックだった1961年のライヴ中に
喧嘩に巻き込まれ左手を撃たれてしまい、左手の薬指は不自由になってしまった。
鍵盤をつかむ彼の左手からはそんなハンデを全く感じさせることなく
いつも精密で感情豊かな運指に関心してしまう。
ギターリスト時代だった17歳の頃のDR. JOHN

Sucre
February 7, 2012

幼稚園から高校まで一緒だった同級生の佐保夫婦が営むシュクル。

この日もお客さんがひっきりなしで忙しそう。
地元の味として子供から大人までたくさんの人に支持されていて嬉しい。

実家のピアノ。
フタを開けて弾くと気持ちいい。

このピアノとは5歳からのつきあい。自分にとって家族みたいな存在。
子供の頃からピアノに向かっている時が一番素直になれるような気がする。