格闘技の写真は自分にとってライフワークの一つであり、生業としている分野の一つであります。ただ、今後の自分の写真家としての活動を考えたとき、もっと格闘技の写真に色々な可能性はないのだろうか?と、いう疑問を持ちながら撮影を続けています(いまだに見つかってませんが)。具体的にいうと「技が決まった瞬間の写真」や「パンチがきれいに撮れている写真」は、そのときの撮影場所や戦っている選手の癖を知っていることで、割と誰でも撮影することが可能だと思います。ですから必然的にそれ以外の写真になるのでしょう。
自分がリングサイドで撮影をする理由のひとつに「試合は究極のノンフィクションであり、リング上には筋書きのない極上のドラマである」と、いうことがあります。選手はその試合にのぞむために様々なことを犠牲にし、リングにあがっています。私はそんな選手の覚悟や生き様を見たくて、撮影をしてます。選手がリング上で見せる人間としての表情や些細なしぐさに写真家として魅かれます。もともと私は選手のそんなところを撮影したくて、リングサイドにへばりついていたのに、最近は試合自体の写真を撮影することに専念している傾向が強くなりました。我々リングサイドカメラマンに求められる要求を考えた場合、いまの撮影方法が正解ですし、写真も売れます。そして、そんな写真はちょっと腕が良くて、リングサイドでの撮影経験があるカメラマンなら誰でも撮ることは可能なのです。しかし、私が撮りたいのは「長尾迪」でなければ撮れない写真、選手の人間性や気持ちまで写つている写真が撮りたいのです。
そこで今後はいま一度初心に帰り、リング上の選手の人間模様を中心に撮影してみようと思います。そこで何か新しい可能性が見えてくるような気がします。ブログで紹介する写真も、そっち方面の写真が多くなるかもしれませんが、ご勘弁を。もちろん通常の試合撮影もしたうえでのことですし、試合写真はキチンとやりますので、ご安心ください。
写真は11月10日、後楽園ホールの修斗の大会です。この日いちばん私の心に響いたのは、生駒選手の試合でした。





生駒選手へ
「あなたは負けはしましたが、誰よりも人生を賭けてこの試合にのぞんでいる心意気を感じました。これからもどうか素晴らしい試合を続けてください」