20年を迎える“知る人ぞ知る”ブランドの実像
Edit & Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Photo by TAWARA(magNese)
NÒMA t.d.(ノーマ ティーディー)というブランドが、じわじわと注目を集めている。と言っても実はこのブランドの誕生は2005年。来年には20周年を迎えるので、決して“新進”ブランドではない。
デザインを手がけているのは、野口真彩子と佐々木拓真。NÒMAの後ろに付いている「t.d.」は、「テキスタイル・デザイン」を意味しているが、単なるテキスタイルブランドとも違い、服自体のデザインも手がけ、シーズンでさまざまなアイテムも発表している。
近年ではNEEDLES、ENGINEERED GARMENTS、nonnative、STUSSY、NIKE、THE NORTH FACE PURPLE LABELなどとのコラボレーションでその名が広まってはいるが、それでも「NÒMA t.d.とは何か」を正確に語れる人はまだ少ないはずだ。
「知る人ぞ知る」と言われて久しいこの謎多きブランドが、この秋表参道にNÒMA t.d. WEEKEND STOREという、文字通り週末のみ営業する店舗をひっそりとオープンした。今回HONEYEE.COMは、NÒMA t.d. とは何かを知るために、野口と佐々木の二人のデザイナーが待つストアの扉を叩いた。
ロンドン、ニューヨーク、東京
「よく皆さんから『海外のブランドですか?』、『ネペンテスのブランドですか?』とか、『知る人ぞ知る』と言われてしまうんですよね」とNÒMA t.d.の野口と佐々木の二人は笑って口を揃える。ブランドの誕生は2005年。まもなく20周年を迎えるブランドでありながら、あまり情報がないところも手伝って、確かにパブリックイメージの輪郭は曖昧だ。
そのようなイメージになっているのにはいくつかの理由がある。まず、テキスタイル柄のデザインを中心となって手がける野口真彩子は、武蔵野美術大学を卒業後、テキスタイルの歴史も深い本場、ロンドンのChelsea College of Artsに留学し、テキスタイルデザインを学んだ。在学中からフリーランスでアパレルブランドのテキスタイルを手がけ、卒業後すぐにニューヨークに向かう。そこで出会った人物が、現在のブランドの流れに少なからず繋がっている。
野口 : 「ニューヨークに誰も知り合いがいない」と言っていたら、ロンドンの友人が「着いたらダイキさんに連絡してごらん」と言ってくれたんです。私は“ダイキさん”が誰なのかも分からないまま連絡してみたら、「アトリエに遊びにおいで」と言ってくれて。それがENGINEERED GARMENTSの鈴木大器さんでした。大器さんはその後もお金もない私を誘ってご飯に連れて行ってくれたり、すごく良くしていただきました。
野口はニューヨークでテキスタイルエージェンシーと契約しデザイナーとして活動するが、早々に日本に帰国している。
野口 : ヨーロッパ、特にイギリスの場合、ファッションデザイナーとテキスタイルデザイナーの関係は対等なんです。ところがニューヨークではそうじゃなくて、デザインした柄が全然違う意図や生地で使われたり、挙句には「このブランドみたいな柄を描いて」と言われたり。私が思っていたようなクリエイティブな世界じゃない、と憤って辞めたんです。でも日本に帰ってきても、当時はまだ「テキスタイルって何?」の状態でした。
この時期に知り合ったのが、当時セレクトショップを運営していたパートナーの佐々木拓真だった。
佐々木 : セレクトショップのオリジナルを作ろうと思っていた時に野口に知り合いました。もともと自分もテキスタイルが好きだったので、柄をお願いできる人を探していたんです。
そしてその頃、野口が鈴木大器に誘われてネペンテスの展示会に行くと、そこでネペンテスの代表であり、NEEDLESも手がける清水慶三と知遇を得る。
野口 : 15歳くらいの頃にネペンテスで服を買って以来ずっとファンでした。大器さんが「作品を見てもらえば?」と言ってくれて、清水さんにポートフォリオを見せたんです。普段清水さんは他の人の展示会にも行かないし、滅多に人の作品も見ないのですが、「今まで見たテキスタイルの中で一番いいかも」と言ってくれて、NEEDLESの生地を依頼してくれたんです。
その翌年の2005年、野口と佐々木はNÒMA t.d.を立ち上げる。当初は「シーズン10数着、ワンラック程度」のスタートだった。のちにNÒMA t.d.のウェアはネペンテスでも取り扱われるようになったため、前述の「ネペンテスのブランド?」という憶測が広まった可能性があるという。もちろん、NÒMA t.d.はあくまでインディペンデントな成り立ちで現在に至る。
「10年間、どこにいたんですか?」
NÒMA t.d.が「知る人ぞ知る」存在と言われているのには、長年コラボレーションを自ら制限していたという理由も大きいかもしれない。
佐々木 : 「ブランドとして一人で立てるようになるまでの10年間はコラボレーションをしない」というルールを決めて、実際にNÒMA t.d.として初めてのコラボレーションは、2018年のNEEDLESです。
ブランド設立から10年経った頃、NÒMA t.d.は東京・広尾の築60年の一軒家を借りて、アトリエとして使いながら、現在と同じような週末だけオープンするショップをスタートする。そこでは商品を展開するだけでなく、音楽やアート、食のイベントなどを展開したという。
野口 : 建物が老朽化で取り壊されるまで5年半やったのですが、そのお店の存在で得られたことが私たちにとって大きなものでした。そこにはその後コラボレーションをすることになるNIKEやSTUSSYの方々なども足を運んでくれて、ブランドについてちゃんと知っていただく場にもなりました。
ちなみに、その店にふらりと足を運んできたのが、藤原ヒロシだったという。
佐々木 : ある日ふらっと一人でお見えになって。色々お話もして「面白いですね」と言ってくれました。「いつ始めたんですか?」と聞かれたので、「10年前です」と答えたら、「え…? 10年間もどこにいたんですか? 僕、結構ファッションは詳しい方なんですけど」と(笑)。
野口 : 帰りがけに「僕に何か出来ることがあれば言ってください」と言っていただきました。その後小木("Poggy”基史)さんから2018年に「東京コレクションで何かできないか」、という打診をいただいたときに、写真家の川内倫子さんと作るショートムービーに乗せる音楽を、藤原さんにお願いしたんです」
t.d.=テキスタイルデザインのアイデンティティ
NÒMA t.d.のユニークなポイントであり、多くの人が煙に巻かれるのは、ブランド名にもある「t.d.」、つまり「テキスタイルデザイン」と銘打っているアイデンティティの部分にあるかもしれない。
洋服の生地柄であるテキスタイルは、ファッションにとって重要な要素だが、一般にテキスタイル・ブランドとして知られているのはあまり多くない。例えば北欧のmarimekko(マリメッコ)、マーク・イーリーと岸本若子が90年代に立ち上げたELEY KISHIMOTO(イーリーキシモト)、そして日本では皆川明によるmina perhonen(ミナペルホネン)などがそれに当たる。特に日本においてテキスタイルは、“生地屋”と呼ばれるファクトリーの中で制作されているものが多く、ブランドとしての立ち位置にあるものは意外に少ない。そうした中で、テキスタイルデザインのブランドでありながら、洋服自体のデザイン、むしろ近年はメンズ寄りの服を生み出しているNÒMA t.d.は珍しい存在と言える。
平面のデザインであるテキスタイル、そして立体のデザインである洋服。この両軸を手がけているのにはシンプルな理由があるという。
野口 : 根本的に二人ともファッションが好きだという部分が大きいです。中高生の頃から色んな服を買って着てきたし、私の場合は特にメンズ服が大好きでした。私たちは生地を作る、服のパターンを作ることを行き来する形でやっているので、時間も手間もかかるやり方なのですが、それによって出てくるものがあるんじゃないかと信じているんです。
実際、NÒMA t.d.の生み出す服は、生地だけにフォーカスされた作りではなく、シルエットもコンテンポラリーで、むしろその柄が隠れていたり、主張も強くないものが多い。だからこそ近年NÒMA t.d.は人気を得ているとも言える。
多くのブランドが何かしらの柄を使うことはあるが、必ずしもそれがテキスタイルデザイナーによるものではない。中にはグラフィックデザインの延長で柄が作られていることも珍しくない。
佐々木 : どちらが良いという話ではないですが、グラフィックデザイナーさんが作った柄は、僕らは一目で分かります。特に2000年代初期に多く出てきて、あれはあれで面白かったと思います。ただ、テキスタイルという視点で見ると、ちょっとした違和感があるんです。
野口 : 布って平面と言われていますが、平面じゃないんです。テクスチャーがあって、身体に乗せた時には表情の変化もあるので、それを考慮して線の太さ、インクの使い方も変えるのがテキスタイルデザインなので、私の中でも明確な線引きがあります。
“100年後にその布が朽ちていても責任が取れるようなデザインを”
近年NÒMA t.d.がさまざまなアイテムに繰り返し使っている柄に、「Draw Your Garden(ドロー・ユア・ガーデン)」と命名されているものがある。一言で表現するなら花を取り入れたバンダナ柄だが、これはNÒMA t.d.の歴史の中でもほぼ唯一繰り返し使われている、現在のシグネチャー的存在だという。
野口 : バンダナ柄を作るというのは、テキスタイルデザイナーとしてとてもやりたいことのひとつでした。ただ歴史的に山ほど柄が生まれてきているので、オリジナル性を出すのが難しいんです。この柄が生まれたのはコロナ禍の東京です。あの頃は毎朝早く起きて、青山の辺りを散歩していたのですが、緊急事態宣言が出されている頃の東京は、色んなお店も閉まっていたり、ゴーストタウンのような感じでした。そういう中だと、街にある花壇の花がいつもより目を惹くんです。それを見ていて突然花柄のバンダナをやってみようと思いついて、時間をかけてデザインをしました。
この「Draw Your Garden」柄は、プリントや刺繍などにアレンジされて、NÒMA t.d.のウェア、ブランケットなどに使われている。この柄の汎用性こそがNÒMA t.d.が求めていたものではないのだろうか。
野口 : はい、ワンシーズンで終わるのがテキスタイルではないという考え方です。私が初めてテキスタイルを勉強したときに、「100年後にその布が朽ちていても責任が取れるようなデザインをしなさい」と教えられたのですが、いい言葉だなとずっと頭の中にありました。流行り廃りじゃなく、耐久性があるもの。ファッションをやっているので、毎シーズン変えなきゃと思ってやってきたところはあるのですが、テキスタイル柄としては同じだけど、見せ方、生地感や形を変えたりすることで、デザインが長く生きているものを提案したいと思うようになりました。
インプットとアウトプット
現在野口と佐々木は東京をベースにしながらも、近年は北海道の美瑛にスタジオを構え、行き来をしながらクリエイションを続けている。
野口 : 北海道出身とかでもないのですが、(ネペンテスの)清水さんとよく北海道に釣りに行ったり、遊んでいただく中で、北海道にスタジオを持つ構想が生まれました。スタジオの目の前は森。そこは生地を作る時に汚したりできる場所を、という理由で選んだので、そこまで考えていなかったのですが、目に入ってくるもの、聞こえてくるものにこんなに影響を受けるとは思いませんでした。でも田舎にずっといても物足らない。東京なら観たい展示も沢山見られるし、美味しいものもすぐに食べられる。そのカオス感も好きなんです。
佐々木 : その両方を行き来するのが今のライフスタイルになっています。美瑛は飛行機に乗ればドアtoドアで2時間なので、むしろ関東周辺にスタジオを作って、車の運転で疲れるよりいいね、と。
野口 : 北海道のスタジオに行くと、近くに清水さんもいらっしゃるので、いつも3人でバーベキューをしています。清水さんには仕事の話もするし、いつも人生の楽しみ方を教えてもらっている気がします。この業界の先輩にそういう方がいるっていいなと思います。
NÒMA t.d.では、2024年10月25日(金)から11月10日(日)まで、「Beyond Textile : Curated by NÒMA t.d.」と題したエキシビションを原宿のB1Strageで開催。ここではLA のDr Romanelli とBraind Dead 共同創設者のEd Davis、パリ/ 東京のBryant Giles、写真家の川内倫子、ドレスデザイナー / アーティストのTomo Koizumi、アーティストの河村康輔、Russel Maurice 、そしてNÒMA t.d.の野口真彩子という作家8 名が集い、NÒMA t.d. にインスピレーションを受けたテキスタイルを使った作品を披露することになっており、現在のNÒMA t.d.の積極的な交流を見ることの出来る場となりそうだ。
またNÒMA t.d. WEEKEND STOREにも時々二人が立っているとのことなので、よりNÒMA t.d.を知りたい人は足を運んでみることをおすすめしたい。
NÒMA t.d. | ノーマ ティーディー
2005年に野口真彩子と佐々木拓真が始動。テキスタイルをクリエイトし、同時にそれを自らデザインした洋服に表現。NEEDLES、ENGINEERED GARMENTS、nonnative、STUSSY、NIKE、THE NORTH FACE PURPLE LABELなど、近年はコラボレーションも多数。2024年9月、表参道に、週末だけオープンするNÒMA t.d. WEEKEND STOREを開店。
https://nomatextiledesign.com
https://www.instagram.com/noma_textiledesign/
NÒMA t.d. WEEKEND STORE
東京都渋谷区神宮前5-9-17 Vexa表参道201
[編集後記]
NÒMA t.d.の存在はnonnativeやNEEDLESとのコラボレーションで知ったので、割と近年のことだ。展示会に何度かお邪魔するうちに、そのデザインに惹かれ、NEEDLESとのコラボレーションジャケットを購入させていただいた。しかし展示会でお話をし、実際に自分で服を着ていても、「そもそもNÒMA t.d.ってどういうブランドなんだ?」という問いが消えなかった。そこで今回の取材に至っている。おそらく今NÒMA t.d.が気になり始めている人は多いはず。そんな方の参考になれば幸いだ。(武井)