photo: Takao Iwasawa
text: Kohei Onuki
尾花大輔が手がけるN.HOOLYWOOD COMPILEがFALL2021コレクションを映像と写真で発表した。そのクリエイティブ制作にあたり、N.HOOLYWOODは今回、ブランドからのディレクションを一切行うことなくフォトグラファー・岩澤高雄を中心とするチームに全てを委ねるという大胆な方法を取った。新型コロナのパンデミックにより、ファッションブランドのコレクション発表の形態も多様化しているが、尾花はなぜ今回、そうした試みを行ったのか? 尾花からクリエイティブの全体ディレクションを委ねられた岩澤も招き話を聞いた。
H:今回の取り組みについて伺う前に尾花さんにお聞きしたいのですが、ここ一年、新型コロナのパンデミックにより、ファッションのデザインに変化があったデザイナーもいると思います。N.HOOLYWOOD COMPILEはフォーマルウェア、ドレスウェアを現代的に作るラインですが、コロナ前とコロナ後とで、尾花さんの服作りに変化はありましたか。
尾花大輔(以下O)「自分の服作りの根底には、好きなことや感じたことをストレートに出した方がエネルギッシュでいいし、インスピレーションを得られる確たる証拠や事実を揃えてクリエーションするという考えがあります。そうした考えは、2010年にニューヨークでコレクションを発表したときに、自分のなかから解放され出てきました。ただ、自分が生活のなかで着る服の在り方には、ファッションとして楽しむこと、生活のなかでストレスフリーであること、その両面があるのですが、ここ数年は、ファッションの側面だけに力を入れるわけではなくて、ツールとしての服の在り方をより強く意識するようになってきました。そうした考えは、新型コロナのパンデミックが起きる以前から、自分のなかでは進行していて、今回のCOMPILEもそうしたスタンスで作っています。それがコロナ禍と言われるいまの世の中にもフィットするような服になっているのですが、新型コロナの影響で服作りの方向修正をしたということはありませんでした。COMPILEは、これまでメインコレクションで行なってきたようなテーマ性をもとに作るやり方ではなく、生活のなかで、最低限必要であろう機能をシンプルに形にしているライン。ファッションとして着る人もいれば、部屋着のように着る人もいるし、着る側の人間像にフォーカスがいく、自由度の高い服になっていると思います。なので通常、プレゼンテーションはしていないのですが、このパンデミックのさなか、何か実験的なことをするチャンスなのではないかと考えてたんです。それで、COMPILEは着る人の捉え方でいろいろな見え方がするので、自分が全く監修せずに、誰か面白い解釈をしてくれる方に、ビジュアル全般のクリエイティブ制作をお願いしたらよいのでは? と思い、今回岩澤くんにお願いすることにしたんです。いろいろな側面を持つ岩澤くんの作風に対して、『何かできませんか?』と漠然とした振り方をしてみたら、一体どんなものができ上るのだろうと」
H:クリエイティブ制作にブランドが一切タッチしないというのはレアケースだと思いますが、そうした方法を取ることにリスクを感じたりはしませんでしたか。
O「初めての試みですが、リスクよりも可能性を重視しました。また、長年の経験とブランドが持つ服自体のギャランティとクオリティはあると自負しているので、全く心配などはありませんでした。仮に岩澤くんが自分たちの想像を遥かに超えるような、意味の分からないクリエイティブを上げてきたとしても、『果たしてそれが何なのか?』と聞いたときに、自分が納得できる理由があれば良かったんです。それに、僕自身意味の分からないものも嫌いではないというか。以前岩澤くんがディレクションした少々グロくて不思議な作品を見せられたことがあって、もしかして今回はそういう方向で来るのか? とも思いましたけど(笑)、岩澤くんは僕のことを試すかのように自分の作品やアイディアを伝えてくる。普通の人なら、いくつかのパターンを示しながら、こちら側の好き嫌いを確認してくると思うんですけど、彼の場合、『こんなこともできちゃうんですよー!』って、自分の面白さを見てもらいたいという感覚でグイグイ来るので、そこも面白くて(笑)」
H:(笑)。そもそもお二人はどのように知り合ったのですか。
岩澤高雄(以下I)「雑誌の仕事で尾花さんのポートレートを撮影したのがきっかけです。その後展示会などにも呼んでいただくようになって、どうやって服ができるのか尾花さんに教えていただいたりして。いま着ているN.HOOLYWOODのシャツはブラックとブラウンのどちらを買うか展示会で迷った挙句、尾花さんに決めてもらいました(笑)」
O「そうでした(笑)。いままでいろいろなフォトグラファーにポートレートを撮影してもらったんですけど、岩澤くんの写真が自分のなかでとても印象的に残っていたんです。俳優の芋生悠さんを一年ほど撮り続けていた写真も見たりしていたんですけど、岩澤くんはいろいろな角度で表現を楽しんでいる感じがしていたんです」
H:今回の撮影現場や制作過程の一部を見せてもらいましたが、岩澤さんは尾花さんからのオファーを受けて、どのように映像や写真のイメージを膨らませたのですか。
I「先ず、COMPILEの服は着た人が目立つように作られているので、今回制作する映像や写真では服を一番に目立たせたいと考えました。そこから透明人間が服を着ているイメージが浮かんできて、背景と同色の全身タイツを使うことにしたんです。尾花さんからは『100%好きにやっていいよ』と言われていたので、僕としては120%の力で臨みました」
O「これは唯一、以前岩澤くんに話していたらしいのですが、COMPILEの服は単品そのもので完結するから、例えば全身タイツのモデルがジャケットだけ着て歩くようなショーをしたら、“動く展示会”みたいで面白そうだなと思ったことがあったんですけど、岩澤くんはそれに近いことを考えていたわけで。ただ、今回は自分から話したことが演出に繋がってしまうのは嫌だったので、極力喋ることは避けていました。服を見て、感じてもらうことが、一番面白いものができると思っていたんです。映像の音楽についても、岩澤くんが過去に制作した4つ打ち系のミュージックビデオは見たことがありましたけど、まさかクラシック音楽でくるとも思わなくて」
H:ブランドからの監修は行わないということで、尾花さん自身も撮影当日に全体の詳細を知ることになったとは思うのですが、これまでのN.HOOLYWOODが持つイメージとは異なるものになりそうな印象を受けました。岩澤さんは今回ディレクターとして、スタイリストの小山田孝司さん、音楽家の小西遼さん、バレエダンサーの松野乃知さんと伊藤龍平さん等ユニークなスタッフを起用していますけど、全体の内容はどのように組み立てたのですか。
I「小山田くんについては、いろいろな人が着られるCOMPILEの服を面白みのある形で着崩すようにスタイリングしてくれると期待してお願いしました。それに、これまでに彼がしていた全身タイツを使ったスタイリングも目にしていたので、今回は小山田くんしかいないなと。小西くんについては、尾花さんから『今回は何をしてもいいよ。服を見て何かやりたいことはある?』とお話いただいて、『ショートムービーのような20分の映像を作ります』と即答したんですけど、そのとき、直感的に彼の音楽が頭に浮かびました。それで、小西くんが制作していた作品を聴かせてもらったときに、全身タイツのダンサーが劇場で踊っている絵が浮かんできて、その流れで、松野乃知くんに声をかけたんです。松野くんも以前に仕事をしたことがあって、彼はカメラ前での感覚がとても鋭くて、パフォーマンスの良さも知っていたので、今回のような難しいテーマの撮影でもやってくれると思ったんです。それで、松野くんが踊りを教えていた伊藤くんも連れてきてくれて。今回は難しいことをやろうとしていたので、イメージが固められていないと怖いことなんですけど、自分が良いと思えるスタッフやシチュエーションがあって、スタッフは信頼できる人たちなので、そういう意味での不安はありませんでした」
O「ブランドのシーズンビジュアルやキャンペーンなどでよく“誰々を起用”というような、フォトグラファー、スタイリスト、ヘアメイク等と作り上げる内容とは別の部分でバズを起こして、内容よりも“誰々を起用”という名前を走らせることがあるけど、作品なら解るのですが、少々違和感を感じるときが多いというか。けれど、今回は、岩澤くんを中心とするチームのそれぞれが、アップカミングなんだけど、必要だからこの人たちが選ばれている感じが伝わるし、そうした経緯やチームの全体力みたいなものが映像と写真に表れていると思います。なので、今回全てを手放しでお願いしたというのは、岩澤くんにうちの服を料理してもらうということであって、僕にはできないことをしてくれたと。撮影現場を見ていて、アグレッシブで、若いクリエイターの美しい熱量みたいなものを感じ取れましたし、自分の考え方や物事の進め方にも良い刺激になりました。今回の岩澤くんとの取り組みとはまた少し意味合いが違いますけど、今後若くて面白い子がいたら、そこに投じてみるのも面白そうだなとも思います」
H:今回の取り組みは、尾花さんが仰るようにN.HOOLYWOODとしては勿論、これまで雑誌や広告で写真の仕事をメインとしてきた岩澤さんとしても、新しい可能性を開くことができたんじゃないですか。
I「そう思います。自分は元々CMも好きで、映像表現にも興味はあるんです。最近はSNSでファッションのムービーを流すことも多いと思うので、今回SNS用の短い尺のものも作りつつ、人と逆のことをしてしまいがちな自分としては(笑)、本編は20分にしたんです。今回のCOMPILEラインはレイヤーを意識していると聞いていたので、“レイヤー”というキーワードから複数の絵が重なる紙芝居を連想して、紙芝居の箱の中で絵が変わるように、無機質な劇場のなかで定点で引きの画を撮ることにして。ただ、コンテンポラリーダンスを定点の引きの画で見せても、中身が無いと難しいので、物語性が欲しいと考えていたんですが、小西くんの音楽がある能楽作品をモチーフにしていたので、その作品をベースにしてパフォーマンスのストーリーを組み立てたんです」
H:映像と写真の中では、花のモチーフも効果的に使われていました。
O「あの花が抽象的な造花というのも良かったですね。花が造花ではなく生花だとしたら、その印象が強く出すぎてしまう。ダンサーの松野くんと伊藤くんにしても、全身タイツを脱いだときの顔がとても印象的で、当然彼らのオーラも凄い。もし二人の表情が表に出て、生花だったら、今回の趣旨全てが全く違うものになっていたと思う。相対的にどれかの要素が勝ってしまったら成立しないというか。押さえ付けたことで、服も強く見えるというか」
I「自分としては、イメージ通りにできれば、格好いいものになると思っていたんです。難しいことをしているし、仮に一歩でも間違えると良くないものになってしまうという認識はスタッフ全員持っていました。だからこそスタッフ間の共通認識はしっかりしていたと思います。映像については、寄り引きで動きを付けたり、ライティングで必要以上に演出してしまうと舞台映像になってしまうので、それは嫌で、同じ光で引き画でやる。写真については、1ルック目を撮るまで少し不安もありましたけど、撮り始めたらイケると思いました。写真のライティングもフラットなんですけどメリハリが付くようにしたり、パッと見分かりにくいかもしれないんですけど」
O「今回は大先輩である高橋盾さんの胸を借りて、UNDERCOVERの生地を用いたアイテムがありますけど、大先輩も今回の映像や写真は好きなんじゃないかと思います。少しだけ心配していたのは、UNDERCOVERの柄にインパクトがある分だけ、インラインのアイテムの印象が弱くなってしまわないかと思っていたんですけど、全然そんなこともなく、インラインの無地のアイテムも強く見えたのも良かったです。小山田くんも、スタイリングを組むのに良い意味で相当悩んでいたようです」
H:これまでのN.HOOLYWOODファンとはまた少し異なる、新しい層へのアプローチにもなりそうです。
O「そうなると思います。または、これまでのファンの方が離れてしまうか(笑)。まずそれはないと思いますが、別のブランドを見る様な錯覚を起こすかもしれません。けれど、今回の映像や写真を見て好きになってくれる人がいたり、逆に『これはN.HOOLYWOODっぽくないから嫌だな』という人がいたとしても、それはそれで意味があることだと思うんです。今回のクリエイティブを見ていろいろな違和感を感じた方々にも何らかの刺激と爪痕を残せればと思います」
N.HOOLYWOOD COMPILE FALL2021 COLLECTION
岩澤を中心に、スタイリスト・小山田孝司、音楽家・小西遼、バレエダンサー・松野乃知、伊藤龍平等で編成されたクリエイティブチームによるコレクションムービー。ドラマティックで叙情的な音楽とパフォーマンスを用いながらも、舞台の映像とは異なる独特の視点で撮影された刺激的な内容となっている。