Graphpaper、FreshService だけにとどまらないクリエイティブディレクターを知るための6つの側面
前編では南貴之の主軸の事業となる、Graphpaper、FreshService、そしてalpha PRでの仕事について聞いた。後編では南貴之の“それ以外”の仕事や、独自の審美眼が生まれた背景について聞いていく。
4.バイヤーとしての南貴之
GraphpaperのショップやFreshServiceのショップでは、オリジナルアイテム以外にもセレクトブランド、そして南が国内外で探してきた食器類やインテリア、作家ものの作品などが並んでいる。それぞれの目線の違いとは。
“本当の買い付け”
― FreshServiceの店の中には、インダストリアルなものもありつつ、南さんがバイイングした生活雑貨や器も置いてあります。Graphpaperの店も同様ですが、どのようにセレクトの区分けをしているのですか?
南 : (東京・神宮前の)FreshService Headquartersは家のような作りなので、その部屋に合う物を入れているのですが、できるだけアノニマスな物を見つけて置いています。僕が思うアノニマスな良い物ですね。逆にGraphpaperの方は、誰が作ったかはっきりと分かるものを置いているという違いがあります。
― 以前は「あまり海外に買い付けに行かない」とお話されていましたが、近年は海外にも買い付けに行かれていますよね。
南 : 昔「海外に買い付けに行かない」と言っていたのは、ファッションの買い付けが嫌だったからです。有名なブランドのパリの展示会に行って、お紅茶を出してもらいながら(笑)買い付けをしても、こちらの裁量は効かないし、大した差も出ない。一方、ガラクタのようなところや東京ドーム何個分の会場から買い付けるのは大変だし、時にヒリヒリする金額交渉もあるんですけど、むしろそれが楽しい。
― なるほど。
南 : 本当の買い付けってこういうことかなと思うんです。どこに何があるかわからないところを自分で調べて行って、凄いものを手に入れられたりとか、他の人にとってはどうでもよくても、僕にとってはすごく格好いいとか。それは海外でも日本でも同じことですけど。
5.ブランディングディレクター」としての南貴之
南貴之を知るもう一つの側面としてあるのが、他のファッションブランドやショップ、そしてファッション以外の製品やサービスのディレクターとしての活躍だ。特に京都の小川珈琲とのプロジェクトは、徐々に大きな渦を作りつつある。
― 外部ディレクションとしての仕事は、現在いくつくらいありますか?
南 : 納品するまでで一区切りの仕事も多くて、現状で走っているのは小川珈琲さん、loomerさん、滋賀で家を一軒頼まれていて、あとは大阪の美容室の内装ディレクション、です。継続してやっているのは今のところ小川珈琲さんくらいかな。やっぱり一時期に5個も6個も出来ないんですよ。
― 小川珈琲の仕事をやることになった流れは?
南 : そもそも僕が幼稚園の頃から飲んでいたくらいのコーヒー好きで(笑)。色々調べていたら、京都の小川珈琲さんが凄いってことが僕の中で判明してきたので、本当はヒビヤセントラルマーケットを作る時に入って欲しかったんです。でもちょうど小川珈琲さんも既存店舗の見直しされている最中で。その後いよいよ東京にも出店したいという話になって、世田谷の桜新町と下北沢のOGAWA COFFEE LABORATORYをお手伝いさせていただくことになりました。
― 小川珈琲の凄さってどういうところなのですか?
南 : 小川珈琲さんって、車で例えれば軽自動車からF-1まで作れる会社なんです。だから店舗ではどちらかというとF-1の側面の店をやったほうがいいのかなと思いました。京都のお店の方は、小川珈琲さんが京都で70年培ってきたコーヒーカルチャーをどうやってアップデートして行きましょうか、というテーマでした。
― プロジェクトの内容はほとんど南さんが考えられたのですか?
南 : 僕だけでやったら全然面白くないんで、いろんな人を巻き込んでやらせてもらいました。みんな大変だったと思うんですけど、小川珈琲さんも大変だったと思います(笑)。
― 京都店で特徴的なのは、「100年」というテーマに掲げていることですね。
南 : 京都って100年のコーヒーの歴史があるんですけど、小川珈琲さんはその中でもパイオニアのひとつなんです。京都には「500年やっています」という企業もザラにあるので、「たかだか70年」と言われてしまいがちですが、100年続けば200年も考えられるので。
― そういう意味での100年なんですね。
南 : そうなると今度は「じゃあ本質って何なの?」という話になるわけです。コーヒーの本質、建物や空間としての本質、それは結局細かいことまで一つ一つ積み上げて考えるしかない。だから“何となくそれっぽいもの”にするのは絶対やめようと話し合いました。何を決めるにも、「これ本当に100年残る?」が合言葉でしたね。
― 南さんは新しいものも提案できるし、古いものや続いているものも提案できる。こういう思考はどのように生まれたのですか?
南 : うーん、何でなんでしょうね。考えたことなかったな。自分の中のスタイルとしては、“すごく目新しいもの”には惹かれないんです。どちらかというと、そもそもそこにあったようなものが好きで、気に入ったところがあればそこばかりに行くというか。まあ、それは服もそうなんですけど。
― 南さんの仕事には、そういう考え方が無意識に出ているのかもしれないですね。
南 : そうかもしれないです。でも僕と同じ人間は世の中に一人もいないんで、俺が思うようにやればオリジナルになるということは信じていますけど。
6.「アート工芸品の目利き」としての南貴之
南貴之を知るための最後となるのが、美術工芸品の目利きとしての仕事だ。これまでもGraphpaperのポップアップ形式のイベントなどで積極的に工芸品を紹介してきたが、昨年にはGraphpaper Aoyamaの上に「ギャラリー 白紙」をオープンした。そこでは有名無名問わず、作家性のある作品が展示販売されている。
― 「ギャラリー 白紙」は主に美術工芸品が多いのですが、あのギャラリーなどで特集する作家の方々はどうやって見つけてくるのですか?
南 : それは色々です。紹介もあれば、偶然出会う時もあるし、時にはインスタで見つけてくることもあります。コンタクトしてから最大4年待った作家さんもいますよ。
― 何かしら南さんの中で基準はありそうですよね。
南 : 何なんですかね? でも知名度は全く気にしていません。
― コレクターが「これが好き」というのは違って、南さんのような方がキュレーターとして何かを「良い」というのは勇気の要ることだと思うんです。時には「南さん、こんなの好きなんだ」みたいな批判や悪口にさらされたり。
南 : 僕はそういうのは麻痺しているのかな。人から何を言われようが気にしないです、全く。むしろ僕が選んだものは良いも悪いも大いに言って欲しいくらい。僕のことや僕が作ったものを好きな人と嫌いな人は半々くらいがいいんですよ。逆に好きだという人が7割、8割もいたら逆にヤバいって思う。嫌いだったけどだんだん好きになるくらいの方が長続きすると思います。
― 最近原宿界隈のアートや、こうした工芸品を買う人が日本にも増えています。こうした状況はどうご覧になっていますか?
南 : 人って最初は用途があるものを買うんですよ。コップだとか皿だとか、日常で使えるものを。でもだんだんそういう物を使っていると分かってくるんです。使うっていう用途じゃなくて、その物がそこにあることが気持ち良いとか、毎日それを眺めるのが良いとか、どちらかというと精神的な部分ですよね。そういう別の“用途”を人間は求めるようになるんです。そしてむしろその方が飽きない。
― “用の美”から“美の用”に変わるというか。
南 : そうです。用途は買う側が見出すものでもあるので、そういうことに気づくと、もっと自由に物を見たり買ったり出来るようになるし、その先にアートとかも存在するのだと思います。洋服もいいですけど、そういうことにも気づいて欲しくて、ギャラリーとかをやっている部分はありますね。
― 啓蒙的な部分もあるわけですね。
南 : 僕も若い時はそんなことは気づいていなかったけど、いろんなことを経験してきた中で分かってきた。Graphpaperみたいなお店に服を買いに来た若い人が、「ギャラリー白紙」でそういうものを目にする機会も作れる。ひとつで何十万、何百万円もするような美術工芸品を若い人が買うのは難しいと思いますけど、ウチの服だって若い人にとっては安くないわけで。それだったら、このコップが7千円で買えるよ、みたいなことです。格好いい服着て、外でモテるのもいいけど、それとは違う価値もあるんだよってことですね。
― この取材で最後に聞きたいのですが、数年前にお話を聞いたときは「ゆくゆくはホテルを作りたい」と南さんは言っていました。現在その目標は変わりましたか?
南 : 全然変わっていないです。20代の時から僕がやりたいことの一番究極の形がそこ。ホテルというのは衣食住とサービスの中でも究極のものだと思っているので、いつかそれが実現できればいいですね。
― その目標に向かってというか、現在手がけているものはありますか?
南 : 色々とあるんですけど、京都に新しいオフィスを作って、そこの内装がやっと終えたばかりです。ショールームにもなるし、商談もできるし、自分やスタッフも泊まれる空間にしたかったので、内装だけ見ると何の空間なのかも分からない(笑)。あと最近また京都で新しい物件に出会ってしまったので、そこでまた考えているプロジェクトがあります。
― 京都や西日本の仕事も多いですね。
南 : そうですね。洋服の生産現場も多いですし、東京じゃない方が便利なことも多いんですよ。全然東京にこだわる必要もないと思っていますけどね。
南貴之 Takayuki Minami
1976年生まれ。1996年にH.P.FRANCEに入社。セレクトショップのCANNABISなどの立ち上げに携わる。2008年に個人としてalphaを設立し、1LDKの外部ディレクターとして活躍。2012年に株式会社alphaを設立。設立後、国内外の様々なブランドの PR を手掛ける PR 事業部、ショップのディレクションのみならず、ブランドのコンサルティング、空間デザイン、イベントのオーガナイズなどを手掛け、セレクトショップでありブランドとしてのGraphpaper、FreshServiceを手がけている。
[編集後記]
これまでも南さんには折に触れてインタビューや話を聞くことが多かった。前編冒頭にも書いた通り、実に多面的な人で、年月を重ねるごとにその仕事は方向性を広げ、実績も増え続けている。今回は「南貴之って最近名前を聞くことが多いけど、実際どんな人なの?」と思っている人に向けて、6つの角度からの編集を試みたが、実際のところ6つでは収まり切らないほどの多面体の人物だ。ただ、その中にはスッと一筋通っている何かがある。そのことがこの記事を通して伝われば嬉しい。(武井)