デスティネーション・ストア | File 019
2023.07.07

デスティネーション・ストア | HONEYEE.COM的個性派シティガイド 
File 019 : 岡の(東京都・大岡山)

スマートフォンでどこにでも行った気になれる時代。むしろスマートフォン片手に「ここにしかない」を体感しに行ってみてはどうだろう。HONEYEE.COMが選んだ“目的地になる店”を紹介する連載「デスティネーション・ストア」。File 019は東急大井町線と目黒線が交差する街、大岡山で器を主に取り扱うショップ 「岡の」 をご紹介。

Text Takaaki Miyake

人生のカウントダウンがきっかけに

File 013でフィーチャーしたアートギャラリーの「LOWW」からわずか徒歩1分、距離にして約40mという場所にお店を構えるのが今回の「岡の」。元々は昔ながらの大判焼き屋だったというその趣を残す店内には、店主の片岡亜紀子さんが自身の審美眼でセレクトした作家の器や上質な素材を使った洋服が並ぶ。通りに面したガラス張りのウィンドウからも魅力的なアイテムが顔を覗かせ、偶然通ったその足でも「岡の」を訪ねてみたくなる人も多いのでないだろうか。

「以前は子育てをしながら、ジュエリーブランドでショップマネージャーとして自ら接客もしていました。その後は一旦職を離れて、2年ほど人生の空白の期間があったんです。その時期に母が突然亡くなってしまい、空白とは言えぼんやりとは色々考えていたんだと思います。うちの家庭は15歳で子供を外の環境で学ばせる教育方針なので、上の子が家を出るタイミングが間近だったこともあり、人生のカウントダウンが始まっていることに気付きました。

当時は付近の建物が次々と取り壊されていき、昔の商店街の風景がすっかり失われたのが残念でした。そういった街の変化もあって『何か始めないと』と思い始めたタイミングで、偶然この物件が空いたんです。接客は元々好きだし、機織りの作家として活動していたこともあったので、自分が共感できる作り手さんの作品を取り扱うお店として『岡の』を2020年1月にオープンしました」

ルーツは陶芸部と小道具屋通い

きっかけや物件は揃ったと言えど、ゼロからの店作り。しかもフィジカルのスペースを構えるとなればそのハードルはより一層高く、よほどの強い意志や情熱がなくしては実現は極めて困難だ。そもそも片岡さんの器や作家に対する強いこだわりや愛情はどこから来ているのか。

「自覚はなかったのですが、改めて振り返ると学生の頃に入っていた陶芸部がルーツかもしれません。そこで出会った人たちとは共通言語が存在して、好きなことが話せるってこんなにも楽しいんだなって。大学卒業後は沖縄に移住して、着物の機織りを学びました。3年ほどで東京に戻り、個展やグループ展ではタペストリーや普段使いできるような作品を発表していましたね。当時は古物屋さんが好きで通いつめていたので、自分の作品もそういった場所に並んだ際にしっくりくる風合いを大切にしていました。新しいモノだけど時を重ねたときの姿が見える、そういった感覚が今に繋がっているんだと思います」

全てはカタチの美しさ

オープン当初はすでに親交のあった4名のアーティストを中心に、現在では Peter Ivy や 岩切秀央、三笘修​​、艸田正樹​​ など7名の作品を常時取り扱う「岡の」。国内外でも人気の高い作家も名を連ねるが、決してその対外的な評価がセレクトの理由ではない。

「売上を作るための商品は置かず、少量でも心からカッコいいと思えるモノだけと初めから決めていました。そういったお店の雰囲気に共感してくれる人は必ずいると信じていましたし、それを面白がってくれて会話が生まれる場所を作りたかったんです。

器などの作品に見出すのはまず“カタチの美しさ”。ただしプライベートで使う分にはそれで良いのですが、販売するからには時間をかけて実際に良さが分かるまで使うようにしています。長い場合は半年から1年かかることも珍しくないです。例えばある作家の方の作品を魅力的だと思っても、すぐに取り扱いをお願いすることは絶対にありません」

ファッションやアート業界では、感覚的に何かを選択することがポジティブと捉えられることも少なくない。しかし「岡の」では造形美だけで完結せず、実用性とはまた違う側面で生活の中に根ざした、片岡さん自身もその良さを理解した商品のみをキュレーションしている。

「岡の」が歩む第二章

オープンから約2年半が経過し、今では器や洋服以外にもアート作品の展示や販売も行い、今年は合計で5回の個展が予定されている。さらなる深みを見せる、大岡山の隠れた名店は今後どのように歩みを進めて行くのか。

「オープンした年は世界情勢的にも企画展は難しく、昨年からやっと少しづつ動き始めました。器だけでなく現代アートや彫刻作品も好きなので、先日はアーティストの山下陽子さんや土屋裕介さんの個展を開催しました。アートは器と違って特に決まった用途や目的はないにもかかわらず、来てくださった方が作品に没頭していた様子が忘れられません。

最近は近隣にギャラリーやワインショップもオープンして、『岡の』を始める前に『この通りに活気が戻ると良いな』と密かに思っていたことが形になってきて嬉しいです。今後は現在使っていない裏のスペースを、読書ができたり生の音楽を聴けたりする場所にしたいなと計画しています。付近にはアートや音楽のディレクターなど面白い人たちも住んでいるので、ゆっくりと座って滞在できる場を作っていきたいです」

DESTINATION STORES | File 019
オカノ | 岡の
東京都目黒区大岡山1丁目6−4
営業時間 : 12:00〜19:00(金、土、日)
TEL:03-5726-9843
https://www.oka-no.com/
https://www.instagram.com/oka_no.oookayama/