LOWERCASE 梶原由景 が始動したホテルプロジェクトとは
2023.08.30
梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

今の時代が求めるホテルのあり方。hotel:LOWERCASEの構想を聞く

Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Portraits by Erina Takahashi

クリエイティブディレクターとしてコンサルティングファームLOWERCASEを主宰し、数々の洗練されたファッション&ライフスタイルなプロダクトを送り出している梶原由景氏。かつて当メディアHONEYEE.COMでもブロガーとして長年発信を続けた人物として馴染みのある人も多いだろう。ファッションだけでなくデザインガジェットにも精通し、フード、特にB級グルメ系を中心とした食通としても知られているため、氏のSNSやメディアから発信される情報をチェックしている人も多いはずだ。

優れたプロダクトをピックアップし、時にはコラボレーションとしてリリース。SNSでは手の届きやすいグルメを自ら足を運んでリコメンドし、時には率直な(辛辣な?)なコメントも残す。梶原由景という人は、今も軽やかにファッションとライフスタイルの境界線を行き来する東京の目利きの一人だ。

その梶原から新たなプロジェクト、hotel:LOWERCASEの一報が届いたのは1月ほど前のこと。日本のホテル業界のコンベンションで発表されたこのプロジェクトは、ホテル関連のアメニティ等を広範に手掛けるJTB商事とのタッグによるもので、将来的にホテルの内装プロデュースなどまで視野に入れているという。

今回はそのhotel:LOWERCASEの一環として、梶原が手掛ける旅をテーマにしたレーベル、TRAVEL COUTUREのポップアップが展開されている「東京ベイ潮見プリンスホテル」において、現在進行中のプロダクトから今後の展望まで話を聞いた。

「何でこういうものがないんだろう」が発想の原点

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 梶原さんはかつてのPORTERとのコラボレーションや、2021年にスタートしたTRAVEL COUTUREなど、旅に関連するプロダクトの印象が強いですが、今回のプロジェクトはどのように始まったのでしょうか。

梶原 : そもそもはアメニティのシャンプー類のプロデュースで、“ホテル業界のASKUL”と僕が勝手に呼んでいるJTB商事さんにお声がけいただきました。僕はコロナ禍前には毎年海外に年6回、国内も大体毎月のように出張に出ていたりしたので、国内外色んなホテルに泊まる中であった不満とか、そういうものを解消させてはどうかということで、まずはシャンプー類を中心に提案させてもらいました。

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 これはどういう点をアレンジされたのですか。

梶原 : まずはパッケージのデザインです。僕は目が悪いので、旅先のホテルでシャワーを使うときにメガネを外したら、どれがシャンプーだかボディーソープだか分からない時が多いんです。どれもデザインをカッコつけて文字が小さ過ぎるんですよ(笑)。そこで苦労している人は僕だけじゃないと思います。今回はただ文字を大きくするのではなく、これはニューヨークの地下鉄のデザインマニュアルを参照したり、あとは妙にフローラルな香りとかを纏うのが苦手な人も多いと思うので、ボタニカルな香りをリクエストしたり。容器もできるだけエコな素材にしています。

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 このシャンプー類は一般販売もされているのですか?

梶原 : 銀座の「GINZA HOTEL by GRANBELL」などの客室には入っていますが、現在のところ業務用だけです。セレクトショップのバイヤーさんからもお声がかかったりしているので、一般販売も検討中です。販売されたとしても手頃な価格になると思います。本気を出すとAesopのような価格になってしまうのですが、適切な品質は担保しつつ、バランスは取って作っています。

 聞いてみればシンプルで理に適ったアレンジですが、そこには梶原さんらしいエッセンスが入っていますね。

梶原 : そうですね。僕が作るバッグとかと同じで、「何でこういうのがないんだろう?」という発想の延長ではあるのですが。

目指すのは、コンテンポラリーで“良い塩梅”のホテル

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 旅に出られることが多い梶原さんが、ホテルを選ぶ際の決め手は何でしょうか? 

梶原 : 僕の場合、仕事で行くのが半分、プライベートで行くのが半分ですが、例えばサウナの有無は決め手になったりします。あとは値段、コスパですよね。食べ歩きが目的で旅に行くときは、ホテルは寝るだけだから、キレイなところだったら狭くても構わないし。

 いわゆるビジネスホテルも利用されるのですね。

梶原 : 結構行きますよ。一時的に「東横INN」に凝った時期もあります。あそこは非常にシステマチックに出来ているチェーンだから面白いんです。あとは上のフロアに大浴場があることが多い「ドーミーイン」系列。このホテルが面白いのが、夜の決まった時間内に食堂に行くと「夜鳴きラーメン」というのを出してくれる。その時間に間に合わなかったら、同じ味のカップ麺をフロントでもらえたり。僕はむしろそのカップ麺が好きなので、必ずもらうのですが(笑)。あとは「ダイワロイネット」系列は他のビジネスホテルよりも少し部屋が広めだとか。

 想像以上にお詳しい(笑)。

梶原 : その一方で「Ace Hotel」が京都に出来たらすぐに泊まりに行ったり、福岡には最近新しいホテルがいっぱい出来ているので、毎回違うところに泊まってみたり。本当に色々です。

 人にもよりますが、ビジネスや外遊びがメインであれば部屋にいる時間も少ないので、ある程度清潔なホテルなら充分ですよね。気分が落ちなければいいというか。梶原さんにとって良いホテルの条件とは?

梶原 : 今おっしゃったように「気分が落ちない」のが重要ですよ。それは清潔感なのか便利さなのか、色々要素はありますが。

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 お話をうかがっていると、hotel:LOWERCASEは、いわゆるラグジュアリー路線ではなく、ビジネスに近い路線を志向されているのですね。

梶原 : ラグジュアリーホテルというのは、そのホテルの“文化”みたいな部分があるものなので、僕がどう踏ん張ってもそうならないんです。見かけや内装だけラグジュアリー風に作ったり、余計なところに付加価値を作っても、結果コスパの悪いものになってしまう。それよりも、シンプルに“コンテンポラリー”でありたいというか。

 その“コンテンポラリー”は、例えばどういう部分ですか?

梶原 : 今だったらアメリカで評判の良いホテルに行くと、大体天然素材かそれを想起させる建材で出来ているんです。青山のPRADAなどの建築もやっているヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインしているニューヨークの「PUBLIC Hotel」は、どう見ても白木に見えるような建材を使っていました。おそらく本物ではなく、汚れが取れやすい素材を使っていると思うのですが。あとは「Ace Hotel」の姉妹ラインとして「Sister City」というホテルがありますが、そこも狭いながらもウッディな素材を使っていたり。ハドソンの「River Town Lodge」という平屋のホテルも古さも感じる安らぐ部屋なのに、オーディオはちゃんとBluetoothに繋がっているとか。僕らみたいな人間のリクエストにちゃんと応えているそのバランスがすごく良かったですね。

PUBLIC Hotel(photo Yoshikage Kajiwara)

Sister City (photo Yoshikage Kajiwara)

River Town Lodge(photo Yoshikage Kajiwara)

― どれも気になります。

梶原 : 日本にはそういう“塩梅のいいホテル”というのはあまり見たことがないので、そういうものが出来るといいなと。それは消費者として、泊まる者としての目線でもあります。ニューヨークで言えば、「Ace Hotel」も「Sister City」も「PUBLIC Hotel」も、観光の人も仕事の人のどっちでも使えるというか。そういう“中間の落とし所”的存在ですよね。

hotel:LOWERCASEの展望

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 ここからhotel:LOWERCASEはどのような構想を描いているのですか?

梶原 : ホテルを一棟プロデュースするというのは究極かもしれないですけど、リノベーションとかリニューアルで、そういう部屋を何室か作れるとか、ワンフロアそうなるとか、色々あると思います。一番やりたいと思っているのは、ホテルの売店をリニューアルすること。ホテルの売店って、欲しいものがあまり売っていないんですよ。お土産とかも「これ本当にいいのかな?」と思うものも売っていたりする。あとはそこの名物が欲しいのに、なぜかそれが売っていないとか。あってもこのパッケージはちょっとつらいなとか(笑)。

 そういうこと、よくありますね。

梶原 : それが付加価値になるのであれば、そういうショップを作りたいと思いますね。例えば佐賀の唐津にある老舗の「洋々閣」という旅館に泊まると、唐津焼の窯元のギャラリーがあって、器とかも売っていたりするんです。そういうものをもっとコンテンポラリーに出来たらと。そこでの体験自体もコンテンポラリーにして、それを買って帰ってきて日常生活に繋がって行くというのは素敵だなと思います。

 ひと昔前だと、そのシステム自体をパッケージ化してそのまま各地で展開されたりするものも多かったですが、hotel:LOWERCASEとしてはそれぞれ地域に合わせて変えていく発想ですか?

梶原 : システマティックにパッケージ化されたホテルにも魅力はあるのですが、僕はそこならではの体験を、僕らが満足するような現代風にしたいんです。それが内装だったり、お土産をちゃんとすることだったり。コンベンションでもインテリア的なことも考えて「赤べこ」(福島県会津地方の張子の郷土玩具)を真っ黒にして「黒べこ」にしたものを展示したのですが、ほんとそれくらいのことが割と大きな違いになったりしますから。あとは参考展示もしましたが、“本気のLOWERCASE”としてルームウェア上下をLoopwheelerにお願いしたら、やはりセットで数万円になってしまう。でも、なんとか実現させたいですね。

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE
梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

 現時点で何か決まっていることはありますか?

梶原 : リノベーションの話などは少しありますけど、まだ決定事項ではないです。段階的にやって行ければと考えています。

 hotel:LOWERCASEが目指しているのは、ワンランク上のビジネスホテルという印象を受けました。

梶原 : 「ドーミーイン」の「夜鳴きラーメン」や、「APA」のポイントで満足するのも良いと思うんです。僕が目指すのもそんなに大袈裟な話じゃなくて、少なくとも部屋に滞在している時間だけは、普段の自分の日常と乖離しない状態でありたいというか。実はそれがみんな何気なく、言葉にならなくてもホテルに対して感じていることなのかなと思うんです。

梶原由景 LOWERCASE Yoshikage Kajiwara Hotel LOWERCASE

hotel:LOWERCASE the POP-UP SHOP

期間:2023年8月1日〜9月30日 
場所:東京ベイ潮見プリンスホテル 1F 「Restaurant&Bar TIDE TABLE Shiomi」
東京都江東区潮見2丁目8番16号
https://www.princehotels.co.jp/shiomi/

Profile
梶原由景 | Yoshikage Kajiwara

クリエイティブ・コンサルティングファームLOWERCASE代表。BEAMS時代にソニーとのデザインホテル・プロジェクトを行うなど、異業種コラボレーションの草分けとして知られる。現在はJUNとのタッグによるTRAVEL COUTUREやNAVAL WATCHとのコラボレーションを中心に、さまざまな企業の商品開発などのコンサルティングに多く携わる。http://www.lowercase.biz 
https://www.instagram.com/kajiwara_lc/

[編集後記]
梶原さんからは新しいプロジェクトが始まると、ご一報をいただけることが多い。今回はプロジェクトが始動した段階ということで、プロダクト化されたのはシャンプー類のみだったが、単なる“良いデザイン”なだけでなく、高次元で“痒い所に手が届く”ものになっていると感じた。この“コロンブスの卵”的発想こそ梶原さんの真骨頂だ。そして今後のホテル構想も、年に20泊くらいは宿泊を繰り返している自分にとっても納得だった。確かに日本には、泊まりたくなるような“良い塩梅”のホテルが足りていない。近い将来hotel:LOWERCASEの部屋が完成したら、間違いなくチェックインしに行くだろう。(武井)