FACETASMとコンビニエンスウェア、両極を手がけるデザイナーの現在地
Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)Portraits by TAWARA(magNese)
ファッションフリークを中心とした層に支持され、東京を代表するブランドの一つになったFACETASM。躍進を続けるFACETASMのデザインを手がける落合宏理が近年取り組んでいるのが、2021年からディレクターに就任したコンビニエンスストアチェーンのファミリーマートで販売するコンビニエンスウェア(Convenience Wear)である。FACETASMでは海外のコレクションにも積極的に進出して世界のファッション好きを虜にするエッジなデザインを手がけ、一方で年間延べ55億人が利用すると言われる日本のファミリーマートでは老若男女に向けた全方位アパレルを提案。取材場所に颯爽とMTBで登場した落合に、“エッジ”と“マス”の両極、そのデザインのバランス感覚を聞いた。
90年代東京ファッションの熱の中で
落合 : 90年代、僕が10代の頃ですね。裏原宿のカルチャーにも影響は受けましたが、当時はネットもない時代だったので、いろいろなショップでアメリカからの並行輸入を中心とした面白いものを見つけていました。よく行っていたのは、並木橋にあった「ネバーランド」というお店。当時フランスでしか売っていなかったCOMME des GARÇONS SHIRTの隣にadidasのジャージが置いてあったり、日本では売っていないRALPH LAURENのビッグポロやパッチワーク、ピクニック用のカトラリーをまとめる編みベルトの小さいものをブレスレットとして売っていたりと、面白いアイデアを提案しているお店でしたね。あとは原宿にあった「セクスペリエンス」とか、DJ MUROさんがやっていた「サベージ」もよく行きました。他にもMartin Margielaや“アントワープ・シックス”と呼ばれるブランドからPatagoniaまで、当時は“服を全部見ていた”感じがします。面白い時代でしたね。僕が通っていた文化服装学院も、それまでは圧倒的に女性が多かったのが、その頃初めて男性と女性の学生の比率が同じになったんですよ。
― それはやはり裏原宿ムーブメントの影響もありそうですね。
落合 : 自分たち日本に住んでいる人たちだけのことかなと思っていましたが、のちにパリとかに出てみると、海外の活躍しているデザイナーたちも当時の東京の純度の高いファッションに注目していたんですよね。
― デザイナーになるという夢はその頃に強くなったのですね。
落合 : それしか知らなかったというのもありますけどね。他の選択肢があるのかも分からなかったし、探さなかった。デザイナーしか考えなかったですね。
― その後はテキスタイルの会社に入るわけですよね。
落合 : 最初は友人に誘われたバイトでしたが、僕がデザイナーを目指す上でもすごく良い環境だったので結果8年くらいいました。コレクションブランドをメインにした生地屋なので憧れていた様々な東京発のモードブランドなど、価値のあるデザイナーの方々の仕事を間近で見ることが出来て。生地ってデザイナーのメッセージな部分があることを知れたし、ショーの熱量も肌で感じることができました。色んなやり方を見ることで、“どこか一つのやり方に染まらなかった”のも良かったと思います。
FACETASM 2023FW コレクションより
― それだけたくさん見てしまうと、逆に自分のクリエイションをしようというときに、定まらない部分も出て来そうですが、FACETASMの構想はどのように進めていったのですか。
落合 : 好きなものは自由であるべきだと思っていたので、最初の頃は好きなものを作っていけばいいと考えていました。最終的にFACETASMらしいね、となればいいと思っていたので、ルールは特になかったです。一つだけ、音楽は好きだけど、「音楽を感じさせないブランド」にしたいと思っていました。
― それはなぜですか?
落合 :僕らの上の世代の方々が音楽を通した表現が多かったからですね。僕は音楽よりも服に熱中していたので、服をダイレクトに見せたい。唯一考えていたのはそれだけでした。
吉井雄一に書いた“ラブレター”、FACETASMの世界進出
― FACETASMの名前が世に出て来たのは、吉井雄一さんがやっていた(セレクトショップ)「ザ・コンテンポラリー・フィックス」で取り扱われた頃だと思うのですが、あれはブランドをスタートして何年目ですか?
落合 : ブランド始めて2年、3年くらいの時ですね。吉井さんは、あの当時東京のニュージェネレーションのファッションを丁寧に扱ってくれている人のひとりでした。それは裏原とは違う新しい文脈でした。上品なものをちゃんと見ているし、服のことを分かっている、なおかつ服に対するリスペクトがある。あとは若い人たちをフックアップしようという愛を感じたんですよね。自分の服を扱ってもらいたいのは吉井さんだなと思って、結構長い“ラブレター”を書いたんです(笑)。すぐに吉井さんが見に来てくれて、次のシーズンから取り扱いも開始しました。
― そういう流れだったのですね。
落合 : 吉井さんには育ててもらったという感覚があります。当時吉井さんと同じくらい興味を持ってくれたのがスタイリストの北村道子さん。雑誌の特集で、Tom FordとAlexander McQueenの間に荒削りなFACETASMを入れてくれたり、フックアップしてくれて、いろんな人に紹介してくれて広がった部分もあります。
― 当時の印象として、落合さんはマスには行かない、ファッションのエッジなところをやり続けるデザイナーだと思っていました。でも積極的にランウェイにも進出して、東京ブランドを代表する一つになりましたよね。これは自分の中で望んでいたことですか?
落合 : そうですね。そういった尖った存在でいることへの憧れはありましたが、僕はもっと人が好きで、もっと見てもらいたいっていう感覚が強いんです。メジャーなものにもすごくリスペクトがある。スパイク・ジョーンズみたいにアンダーグラウンドな存在でありながらメジャーで戦えるっていうのが、僕の中のヒーローだったから。アンダーグラウンドとオーバーグラウンドなもの、そこを行き来したいなと思っていました。
FACETASM 2024SSコレクションより
― パリコレに出ることも最初から志向していたのですか。
落合 : そんな大きくは考えていなかったですけど、やれば結果は出るのかなと思ってはいて。当時はユニセックスブランドというものがあまりなかったんです。東京でのランウェイは自分にとってすごく素晴らしい経験になりました。次の目標としてパリから世界というのを考えている中で、アルマーニさんからチャンスをいただいて、最初はミラノコレクションで発表することになったんです。
― 今の落合さんは、FACETASMをどういうテンションでやっているのでしょうか。
落合 : 大前提としてすごく楽しいです。やはり僕にとってクリエイティブな表現の場が最も重要なんです。FACETASMでクリエイションに集中出来たり楽しめる瞬間があることが、他の仕事や生活につながっている感覚です。どんなことがあってもFACETASMが中心なのは変わらないですね。
― ファッションを志した初期衝動は、今も続いている感覚ですか。
落合 : いや、初期衝動はどんなことがあっても1回きりの宝物なんですよ。それを追いかけて早16年(笑)。ずっと追いかけている気がします。
コンビニエンスウェアが目指したもの
― コンビニエンスウェアのことも聞いていきたいのですが、個人的にあれはワンシーズンくらいのプロジェクトだと思っていたんです。これだけ年数が続くのも意外でしたし、そもそも落合さんがコンビニエンスストアのウェアをやるのも意外でした。最初お話を受けた時の印象は?
落合 : その話の前段階として、リオ・オリンピック(2016年)の閉会式で衣装をやらせてもらった際に、衣装デザイナーの名前が大きく出ることはなかったという経験があります。世の中でのファッションデザイナーの価値の低さを改めて感じ、悔しい思いをしました。それでも大きなマーケットで表現することの意味や大切さはあると感じていました。そういう中でファミリーマートの方から「新しい文化を作っていきたい。一緒に新しい価値を作ろう」とお話をいただいて、「是非やりたい」と即答でしたね。
― 起用された理由はお聞きになりましたか?
落合 : いろんなタイミングじゃないですかね。時代が変わる時って、そんな感じでモワッとしているじゃないですか。ファミリーマートにデザイナーへのリスペクトのある方々が揃っていて、本当に運がよかったと思います。単発ではなく、長い年数で文化を根付かせるという考えに共感して、そこからは無我夢中でやらせてもらっています。
― FACETASMのものづくりの姿勢はすごく“ファッション”ですよね。一方で不特定多数の人が利用するコンビニの服を作るというのは、巨大なマスであり、かなり方向の違うチャレンジです。
落合 : ファミリーマートは全国で約16,500店舗あって、年間延べ約55億人の方が利用しているのですが、そこに服が並ぶというのは、「世界で一番多いアパレル売り場」という考え方もできます。店舗数でいうと世界的なアパレル企業の数倍に及ぶ規模です。「あの人はFACETASMだからああいう服を作るんだよね」というのは、ファッション側の人間だったら分かるけど、それ以外の人はほとんど知らないですから。だからまずは約20万人が働いていると言われるファミリーマートで働いている人たちに信頼してもらおうと考えて、100店舗ほどまわりました。仲間になってからスタートさせたくて。FACETASMとコンビニエンスウェアの熱量は一緒ですが、クリエイティブの仕方が違うだけなんです。
― 作るものの構想はどのように進めていったのですか?
落合 : 良いデザインは大前提として、どれだけ安心安全なものを作れるかということが重要です。最初のプレゼンではコンビニエンスウェアというブランド名や商品ラインナップも全て考えて提案しました。例えば冬の終わりの春が近づく頃に、桜色とか緑色のアイテムを店頭に並べるなど、デザインというよりはコミュニケーションデザインやクリエイティブディレクター的な側面に近いかもしれません。それを見た時、着た時にどういう風に人の心が動くか。そのようなコンセプトを理解していただいてコンビニエンスウェアを店頭の入り口近くに置いてくれたんです。
― コンビニエンスウェアは、かなり色にこだわっていますよね。カラーパレットも無難ではないし、絶妙な色を使っていると感じます。
落合 : ただ可愛い色だねというのはやめようと思って、季節や出すタイミング一つ一つに意味を持たせています。今年の色はこれだよねとか、なんか流行っているよねという色はやっていません。最初の頃は「無難なカラーしか売れない」という人もいましたが、そうなったら、黒や白のソックスばかりを出すことになってしまいます。カラフルなアイテムも受け入れられて、今は製作を請け負っていただいている方々もすごく楽しんでやってくれているように感じます。
― ファミリーマートカラーのソックスも、かなり街で見ますね。大変申し訳ないことに、ここまで爆発的に売れるとは想像していなかったです。
落合 : 僕は想像できていました。ファミリーマートは海外から来た人にとっては日本独自のもの、という印象を持っている人が多いんですよ。24時間クリーンな空間で美味しいものも買える便利な場所。海外の人から見ればこんなにクールなんだよ、ということを働いている人にも分かって欲しかったので、最初にあのソックスをアイコン的な立ち位置としてデザインしました。あなたたちの会社は、AmazonやAppleと同じくらい世界で愛されている、とデザインを通して伝えたかったんです。本当にたくさんの方たちに使っていただいていることに感謝しています。
― 自分の先入観は完全に間違っていましたね(笑)。
落合 : みんな「アンパイなものしか売れない」と言っている中で、日本中で売れましたからね。ちゃんと意味を持ってクリエイティブを世の中に発信すれば、多くの人に伝えられる。ファッションデザイナーはどうしても独自のマーケットにこだわりすぎてしまうように感じます。それが悪いものでは決してないし、僕もそこにいる。でも、広い視野を持てば大きなムーブメントを起こせるということは経験させてもらいましたし、それを若いデザイナーにもっと伝えていきたいです。
“ファミフェス”の開催、今後の展望
― 今後コンビニエンスウェアでは、どんな構想があるのですか?
落合 : 11月30日に「ファミフェス」と銘打ち、代々木第二体育館で大規模なランウェイショーを開催する予定です。僕がそのイベントの総指揮を執らせてもらうのですが、その時にはまた今後の展開もお知らせできると思います。
― 次のフェーズに進むわけですね。ファッションデザイナーとしての枠の広がりを感じますね。
落合 : 日本ではファッションデザイナーがこういった大きな企業と仕事をするという実例はまだあまりないかもしれません。でも多くのファッションデザイナーは、服を作るだけでなく、キャンペーンヴィジュアルやお店の運営などブランドに関わるほとんどのことを担っていると思うんです。それもものすごいスピード感の中で。その感覚は尊いと思う。若い世代のデザイナーたちももっと日本や世界の企業と仕事をしていいと思います。デザインというのは常に生活の隣にあるものなので、そういったことが当たり前になれば、もっと世の中がチャーミングになるんじゃないかなと思いますね。僕はFACETASMがあるからこそコンビニエンスウェアもできる。これからも自分の軸となるものはぶらすことなく、新たなクリエイションで世の中を豊かにしていきたいですね。
Profile
落合宏理 | Hiromichi Ochiai
FACETASMデザイナー。1977年東京都生まれ。1999年に文化服装学院を卒業し、テキスタイル会社に勤務する。2007年にFACETASMをスタート。2012年春夏にランウェイデビュー。2016年に第三回LVMH Young Fashion Designer Prizeで日本人初のファイナリストに選出。同年開催の「毎日ファッション大賞」では大賞を受賞。2021年にファミリーマートの新しい衣料品ブランド、「Convenience Wear」のクリエイティブ・ディレクターにも就任。
https://store.facetasm.jp
https://www.instagram.com/ochiaihiromichi/
[編集後記]
落合さんの登場は、WHIZLIMITEDの下野宏明さんとの対談コンテンツ以来になる。本文にも書いているが、2012年頃に吉井雄一さんの手がける「ザ・コンテンポラリー・フィックス」で初めてFASETASMの服と落合さんを知った時の印象は、“エッジなデザインをするデザイナー”だった。変わらずFACETASMでは先鋭的デザインを続けているが、コンビニエンスウェアを手がけ、それを成功させたのは正直意外でもあった。今回はそんな疑問を解消するべく臨んだインタビューとなり、今後の展望までも聞くことができた取材だった。ちなみに自分もコンビニエンスウェアのTシャツとサンダルを愛用している一人だ。(武井)