スタイリストとして、ブランドディレクターとしての両側面に迫る
Edit&Text by Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)
Portraits by Keisuke Nagoshi(UM)
日本のスタイリストを代表する存在である野口強がディレクターとなり、2016年秋冬シーズンにスタートしたMINEDENIM(マインデニム)。ブランド設立当初からデニムのクリエイションに強くこだわるブランドとして知られてきたが、ここ数シーズンはデニム以外の素材を使ったアイテムも展開を開始。コラボレーションも積極的に行い、これまで以上にそのクリエイションの幅を広げている。常に男の色気や不良性が感じられるデザインやクリエイションはどのように生まれてくるのか。現在のMINEDENIM、そしてスタイリスト野口強の考えに迫る。
野口強のデニム観
― 日本でスタイリストがブランドを手掛けることが一般的になってきた中でも、野口さんは長年それを拒んでいるようにも映っていました。2016年にMINIDENIMでそこに踏み出したきっかけは何だったのでしょうか。
野口 : スタイリストがブランドを手がけることに関しては、自分はどちらかといえば反対派だったほう。ただ、デザイナーが立つブランドというよりは、いずれデニムのセレクトショップのようなことができるのであれば面白いのかなと。
― ちょうどMINEDENIMが立ち上がった時期は、デニムが一番下火だった頃ですよね。
野口 : 世間的にはそう。ただ、ブラックデニムは最初からずっと売れていて、最近はブルーデニムも動くようになってきた。ブルーデニムでもワイドや変型シルエットも売れるようになってきたので、世の中的にも少し変わってきたかなとは思ってます。
― その変化はやはり感じますか?
野口 : この2、3年は、特にそう感じますよね。ヴィンテージデニムを40代くらいの人たちが買うようになって、値段も上がってきている。結局、デニムも他のファッション同様、支持されるされないが繰り返すものなんだと思いますけどね。
― 野口さんがデニムパンツを最初に作る時に念頭にあったのはやはりLevi’s®ですか?
野口 : 自分は全くそうは思わなくて、いわゆるモードの延長で穿けるようなデニムにしようと。それまでのデニムパンツはなかなか穿きづらいものが多くて、細過ぎてヒザの裏が痛くなったり、ましてや座敷なんて座れない。まずはそういうストレスのないデニムパンツを作りたかった。若い世代には良くても、大人はそういうわけにはいかないし、かといってブランドものだからいいというわけでもない。穿いていて快適で、かつスタイリッシュなものを、買いやすいプライスで作りたくて。
― ブランドの立ち上げからMINEDENIMでは素材を「デニム」にこだわり続けて来ましたが、近年それ以外のプロダクトも増えています。デニムという素材を追求する中で、見えてきたものとは?
野口 : ブランドを続けていくなかで見えてきたものもあるけれど、限界も見えてきた。やろうと思えばあらゆるアイテムをデニムで出来るけれど、大きな会社じゃないから開発にお金はかけられないし、振り幅もなくなる。デニムはそんなに頻繁に買い替えるものじゃないし、いつも買ってくれている人に、違った視点のアイテムを見せたいと考え始めた部分が大きいかな。
コラボレーションの流儀
― ブランド5周年を境にコラボレーションも増えましたよね。ブランドの選定も野口さんがされているのですか?
野口 : 個人的にもそれまでも何度かコラボレーションはさせてもらっていたので、その延長線上のような感じです。普段からお付き合いのあるところにお願いして、うちの素材を使って何が出来るかを考えていただいて。もちろん、自分が直接出向いてお願いに行きますよ。お互いにいろんなアイディアを出し合いつつ、「無理だったら遠慮なく言ってね」と(笑)。
― コラボレーションで何か思い入れのあるエピソードはありますか?
野口 : WTAPSには、以前、自分の事務所(Stie-lo)用に西山徹くんにお願いして作ってもらったアイテムがあって、それを再販したいという思いでMINIDENIMでも手伝ってもらって。背中のボーン(骨のグラフィック)を一緒に手刷りしたこともあって、そういう思い入れもあったから。HYSTERIC GLAMOURとも20年近く前にStie-loで一緒にジーンズを作っていて、プレスルームでみんなで履いて、手袋を付けて汚しの加工を2〜300本ぐらいやったことも。いろんなことがアナログだった当時の思い出もあって、MINEDENIMでコラボレーションをお願いしています。
40歳で辞める予定だったスタイリスト業
― 7年以上「野口強がディレクションをするブランド」としてやってきて、スタイリスト業との違いはどんなところに感じますか。「40歳でスタリストを辞める」予定だったとも聞いています。
野口 : 20代、30代の頃は、スタイリストという職業を辞めたいと本当に思っていて、40代になったら違うことをやろうとしていたのに、それが30代後半からすごく忙しくなって、辞めるどころか目の前の仕事をこなすのが精一杯という状態……その時点でもう人生計画がズレてしまっているわけですよ。来年はもう60歳ですからね(笑)。
― 野口さんの場合、服のスタイリングだけじゃなくて、ビジュアルディレクションなどの部分でスタイリストの枠を広げたところがありますよね。
野口 : ディレクションをすること自体が楽しいし、それをやらせてくれるクライアントがいるというのもありがたいこと。そういう意味では、すごく恵まれているなと思います。
デニムシルエットの深淵
― やっぱりMINEDENIMの各アイテムには、どこか必ず野口さんらしさがありますよね。着用されている感じが思い浮かぶというか。
野口 : それは微妙なサイズ感だったりが、他とは違って見えるのかなと。デニムは、パッと見もディティールも、すでに世の中にあるもので、特にメンズはアイテム数も少ないし、選べる幅がそんなにない。そこからは自分の好き嫌いになってくるし、年齢を重ねるにつれて、余計なものもどんどん削ぎ落とされてくるものだと思います。
― 野口さんのスタイリングや作るものには、“男の不良性”や色気を感じることが多いですが、それはMINEDEMIMでも目指しているものではありますか?
野口 : そこはスタート時から変わらないところだし、これからもブレない方がいいところかなとは思ってます。さらに今後、MINEDENIMのデザインチームには、もっと多様性が必要だとも感じています。ウィメンズのパンツのシルエットを美しく作れるパタンナーとか、独自の感性を持っているスタッフと仕事できるようになれば、もっといいものができる確信はあります。
― それはちょっとした違い、ですか。
野口 : 全く違ってきますよね。GUCCIのトム・フォードの時代の頃のものや、昔のDolce&Gabbanaもそうなんですけど、ちょっとしたニュアンスのあるアイテムを作れる人が、日本にはなかなかいない。もちろん日本の人たちもアイデアは良いものを持っているけど、また違った視点が加われば、刺激にもなると思うし。
― もう一歩、何かあるんじゃないか、と。
野口 : 例えばLOEWEの次の2024SSは、あんあに股上の深いファイブポケットパンツは穿きづらいように見えるのに、シルエットはすごく美しい。もちろん素材も違うしパターンも違うけれど、ああいう発想がない。あれはヤラれたなと思った。
― ジーンズというのはフォーマットがありますよね。その中で表現するのは素人的には簡単に思えてしまうところもあるのですが、やっぱり深いですね。
野口 : それはどのアイテムでも簡単にはいかない部分だし、フォーマットが出来上がっているデニムだからこそ、より大変なんだと思うところではありますよね。
野口強が見る現在のファッション
― 野口さんのスタイリスト歴は何年くらいですか?
野口 : 早いものでもう40年近く。
― 長年ファッションを最前線で見てきた中で、最近のファッションはどうご覧になっていますか。
野口 : そこはやはり、ややネガティブな見方にはなりますよね。コレクションの見せ方にしても、モノの売り方にしてもそう。ショーのフロントロウにはYouTuberやインスタグラマーがいてという具合に。もちろんそうじゃないブランドもあるわけで、そういうところは見ていて安心するし、実際にショーも面白いと思う。ただ、今のショーの大半はいわゆる“お祭り”。若い子たちは実際どう思っているのか、聞いてみたいところですよね。
― その判断のフィルターがないかもしれないですね。
野口 : そもそも生活の中でファッションを楽しむのことへ優先順位が低くなってきている。現実的なのか、お金がないのか。ファッション業界で働きたいと思う人が、今はそんなに多くない。それが様々なことを物語っていると思います。
― 日本のファッションはどうですか?
野口 : でも日本はなんだかんだ他の国に比べて抜きん出ている部分は多い。ストリートもそうだし、ランウェイやっているところもそうだし。これだけストリートとか渋谷の109のような場所まで幅広くあるところは、日本ならではのお家芸というか面白いところだと思う。だから別に円安だからという話だけじゃなく、東京には世界中から人がどんどん集まって来ているし。極端なことをいえば、どうせならもっと不景気になってもいいと思ってますよ。
― それは、どういうことですか?(笑)
野口 : かつてのイギリスがそうだったように、社会に不満があったほうがエネルギッシュで面白いカルチャーが生まれるから。今の日本には、そういうものが必要なのかも。
作りたいのは「ジーンズメイト」の現代版
― MINIEDENIMの今後はどのように考えていますか。
野口 : 最初に思っていたように、いずれはデニムのセレクトショップをやりたい。この(直営店「MIND」の)2階で。MINEDENIMのアイテムの量を減らして、昔の「ジーンズメイト」みたいな店にしたい。ああいう店は今はないけど、一つの店舗で全部見れたら最高だと思う。
― もしやるとしたら、どんなブランドを取り扱う予定ですか?
野口 : オーセンティックなのもものからハイファッションまで。ベーシックなブランドだけじゃ面白くないから、ラグジュアリーブランドもラインナップしないと。
― それも野口さんが一声かければ実現するんじゃないですか。
野口 : やりたいとは思うけれど、そこは先立つものがいろいろと必要なことだから。古着のデニムを置くのもありだと思う。古着はいろんなところから引き取ればだいぶいいモノが集まると思うし。
― それもやっぱりスタイリストの感覚ですよね。
野口 :そうですね、スタイリストをやってきたからというのもあるだろうし、できるだけ早いうちにやりたい。
Profile
野口強 | Tsuyohi Noguchi
スタイリスト/ファッションディレクター。1964年大阪府生まれ。スタイリストの大久保篤志氏に師事し、1989年に独立。ファッション誌や広告を中心にスタイリストとして第一線で活動。2016年よりMINEDENIMのディレクターも務める。https://minedenim.co.jp
https://www.instagram.com/mine_denim/
[編集後記]
野口さんに以前インタビューしたのは、MINEDENIMが立ち上がって間もなくの頃なので、そこから6年ほど経っているが、印象はまるで変わらない。野口さんの語り口は、なぜか文字にすると“つっけんどん”な印象になってしまうが、実際の話し振りはもっと穏やかで、ユーモアがある。ただし話の内容はストレートで、時に鋭い(から書けないことも多い)。長年ファッションの最前線にいるからこその言葉は重みがあり、時に軽やかだ。スタイリスト発想だから生まれてくるデニム、そして「本気でやりたい」と言っておられたジーンズのセレクトショップにも期待してしまう。(武井)